矛盾する政府の競争戦略 [MOT]
次世代無線通信の免許交付について,政府がこのような方針を打ち出しました。http://www.asahi.com/business/update/0516/TKY200705150453.html
要するに新規参入業者を優先し,ドコモやauといった既存事業者へは交付しないということです。
確かに,参入業者を増やすことは競争を誘発し,サービスの価格が低下することが期待できます。教科書どおりです。NTTの分割や郵政民営化など,参入業者数の拡大という点で一貫しているようです。ただこれは競争のフィールドが国内である場合に限られます。
政府は国際競争力の強化もうたっています。一部で叫ばれている法人税の減税の根拠も,国際競争力を強化するためです。この国際競争力を高めるためには,強い日本企業を作らなくてはいけません。小規模に分割され,価格競争に終止してヘロヘロになった企業は,巨大企業がひしめく国際舞台ではとても戦えません。
投資が必要な通信事業では,かつてのNTTレベルの企業でも国際競争に勝ち抜くことは容易ではありませんし,製薬業界でも日本でダントツ1位の武田であっても,国際競争では生き残ることが精一杯です。強い企業をさらに強くする国内政策がなければ,国際競争は戦えません。
私はグローバル競争に目を向け過ぎることは必ずしもよいとは考えてはいませんが,戦略としてそうしたいのであれば,例えば今回の事例ではドコモとauという国内2強に免許を交付し,同時に徹底した技術研究開発やサービス開発をさせる方が得策だと思います。
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衝撃! プレステ生みの親が退任 [MOT]
ソニーのゲーム事業を作り上げた久多良木氏が退任することになりました。
朝日新聞 http://www.asahi.com/business/update/0427/TKY200704260376.html
日経新聞 http://markets.nikkei.co.jp/kokunai/tegakari.cfm?genre=c5&id=c1d260c626&date=20070427
一時はソニー本体の副社長として,次期社長候補の筆頭とまで言われていました。若い人が活躍するソニーとはいえ,久多良木氏はまだ56歳。十分戦える年齢だと思うのですが,どうしてなのでしょう。
詳しい情報は,もう少し時間がたたないとわからないと思いますが,私が思うに先日お話した技術者のモチベーションの難しさが1つの理由ではないでしょうか。
任天堂ファミコンによる市場独占を破り,ソニーのみならずゲーム市場をここまで拡大したのは久多良木さんの功績が少なくありません。しかしここ数年は,プレステ3開発を巡る迷走で苦境に立たされていました。
出井革命の頓挫により,技術志向への揺り戻しが起き,その旗頭として久多良木さんが期待されていましたが,結局,ソニーの技術回帰は起きていません。むしろ技術屋にとっては許せないことが多かったようです。
例えばプレステ3に搭載され,ソニーグループ全体にとっても戦略的な意味を持つ「ブルーレイディスク」。この基幹システムに不具合が生じて,プレステ3は開発・発売が大幅に遅れたと言われています。さらにその不具合の原因を特定するだけで相当の時間を要しただけでなく,その原因が極めて初歩的なものであったとも言われています。つまりモノづくりの技術がそこまで低下してしまったということなのです。
久多良木さんはこの件に,烈火の如く怒ったと同時に,かなり失望したと伝えられています。マーケティング系が牛耳るようになったソニーが,そこまで技術に対しての目配りができなくなったのかと。技術者の王国だったからこそ選んだソニーがこのようになってしまうと,技術系が去っていくことは当然とも言えます。
技術への理解と同時に,技術を育てることができる経営者の存在。日本のものづくりの復活はここにあるように思えてなりません。そのためにはアメリカ型の短期的な利益追求ではなく,もっと長期的な成長戦略を描くとともに,技術と事務系の襷掛け人事など,一見すると非合理のように思える旧来のやり方が意外とよい成果を生み出すのかもしれません。
ソニーという会社を理解するには,これぐらいしっかり読んでおかないとダメだと思います。
NTTの人事 -きれい事ではないMOT [MOT]
NTTの次期社長が内定したとのニュース。http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/news/20070418i312.htm
これまでNTTでは事務方出身者と技術出身者が交互に社長に就任するという,いわゆるたすき掛け人事が慣例でした。ところが今回の人事はこの慣例を破り,二代続けて事務方出身者が社長になるというものです。
おそらく多くの方のご意見は,今の時代あたりまえだろうということなのでしょうが,ただ技術職のモチベーションがどう変化するのかに注目する必要があります。つまり研究開発の士気が低下しないのかという問題です。
私はかつてある化学品メーカーの技術部門のコンサルティングを手がけたことがあります。がちがちの文科系である私は,技術職に対してある幻想を持っていました。彼らは人事など政治的なことには疎く,好きな研究を自由にやれればそれでよい。職人たちの集まりなのだと。それだけにいかに面白い研究テーマを彼らに与えることができるのかが,研究開発組織では重要なのだと勝手に思いこんでいました。
しかし彼らも人間です。人事関係の情報には非常に敏感で,とくに幹部社員に技術系が登用されなかったときの落ち込み,怒りは半端なものではありませんでした。研究開発のパフォーマンスは急激に下がり,新しい研究は滞りました。
技術者は,文科系のマネージャーは技術のことを理解できない,という思いこみがあります。まあこれは8割方正しいのですが,自分たちのことを理解できない人の下では働きたくないわけです。事務方でもそうですが,技術の場合,その情報を理解することは会計だの戦略だのを理解するより相当難しくなりますから,反発も余計高まります。
出井政権下のソニーでも,同じような現象が起きたと言われています。現在のソニーの不振,とくにものづくりに関する能力の低下は,マーケティングを重視して技術を過小評価したといわれる出井政権時代にそのタネが巻かれていたとも言われています。
技術とマーケティング。この2つは企業の両輪ですから,どちらかだけが大切ということはない,と私は確信しています。しかし,技術者のモチベーション問題を読み違えると,その影響はマーケティング部門で起きるそれとは比べものにならないくらい大きなものになる可能性があります。
MOTの教科書では出てこない,もっとドロドロした部分にこそ,技術開発マネジメントの難しさは潜んでいるのかもしれません。
私はソニーの出井さんが大好きです。ただ批判的に見ることも大切です。ソニーと出井革命のことをもっと知りたい人はこれがオススメです。
またMOTの教科書ではこれが秀逸では。